会員紹介インタビュー 豊島雄介君

さあ、本日は相模原JCの颯爽たる生き字引、何気な超古株オブ古株オブ古株!豊島先生のお話をお伺いさせて頂く仕儀に相成りました。普段の爽やかなイメージとは裏腹に熱いパッションに溢れた男!平身低頭、腰を低く行かせて頂きます!ということで、お名前とご職業からお願いします。

――豊島雄介です。仕事は印刷やデザインの部分と建設をやったり電気業をやったり色んなことをしている会社です。

なるほど。メインって何かあるんですか?

――メインは品川の方にある防犯カメラの会社なんですけれども、僕が担当しているのは相模原で、印刷業とデザイン業、建設業の外構ですね。庭造りの方をやっております。

品川の方は防犯カメラっていうと警備業みたいな形になるんですかね?

――防犯カメラでは電気業ですね。

設置するみたいな感じですか?

――そうですね。ショッピングモールや各種小売店で取り付けております。

なるほど、アルソックとかとは違うんですね。

――警備とかそういうんじゃなくて、防犯カメラなんですよ。

ありがとうございます。相模原の方ではデザイン、印刷。JCだとそっちの方で有名なイメージですよね。

――そうですね、入ったきっかけももともとデザインの方で先輩の、相模経済新聞さんから仕事をいただき、いや、某新聞社(笑)から仕事をいただき、その流れで気が付いたら入会していました。

なるほど。それはモトハシ先ぱ……いやなんでもないです。そんな感じの繋がりで。

――そうですね(笑)

ちなみにJCに入るきっかけの話なんですけれども、そこで誘われて入会を決めたのは、そのまま入れよみたいな感じで?

――もともと相模経済新聞に自分の同級生が勤めていて、地元で仕事をするならコネクションを作った方がいい。そのためには青年会議所が最適だと。なので、もともと興味あったんでコネクションつくりで入った部分はありました。

なるほど、最適でした?

――まあ、こう、12年いて思うんですけれども、あの頃と比べれば成長したかな、と。

色んな学びがあって。

――学びもあったしためになったし。やらないよりはやった方がいいと思うし、勧めていきたいと思ってますね。

ありがとうございます。12年間。

――そうですね、だらだらと。脱力系なんで(笑)

でもここ数年は理事としてご活躍されて。

――先輩からすごくよくしてもらったので。色んなものを勉強させてもらったり、まちづくりについて教えてもらったりしたんで、そういった部分を恩送りをしたいなという気持ちで理事をやったんですけれども、逆に理事やってからの方が自分への学びが多くて。やっぱり迷っている人に言いたいんですけれども、ぜひ一度は理事をやるべきですし、やった後は自分で考えればいいと思うんですけれども。そういった部分でもおすすめします。

なるほど。色々含蓄が含まれた言葉でございますが、今年卒業ですか?

――おかげさまで、今年卒業です。本当に早生まれじゃなければいいのにと何回思ったかわかりませんが。

一周まわって来年以降も理事がやれたら学びがたくさんあったなという、ちょっと未練もありますか?

――あ、大丈夫です(笑)

そこらへんは(笑) ちょっと大丈夫な感じですね(笑) ありがとうございます。今JC入って12年、28の時に入ってってことですね。今年卒業まで約12年間。

――そうですね、2007年に入ったので約12年間。

長い方ですよね。今30後半で入る方の方が多い中で。

――今はでも、若い子も増えてるなーって思って。まあ若い子がしっかりしている人が増えたなって感じです。昔はもっと、こう。

おっさんばっかり?

――そんなにJCに取り組む人が少なかった気がしますね。今の人たちは入った時からすぐにJCの目的に対して一直線に頑張れているんで、尊敬しますね。自分はこうはなれなかったなって思うんで。

そういう意見は10年間以上いる人からのそういった景色とか考え方だと思うんで、昔から今をつなぐ時代に在籍してきた人間として、後輩に伝えたいこととかありますか?

――やっぱり目的あってのJCなんですけれども、仲間あってのJCでもあると思ってるんですよね。そういった部分では人の絆でつながるJCでいてほしいなと。そういう意味では人と良くしゃべらなくちゃいけないし、人と良くお酒も飲まないといけないし。そういった部分では上の先輩からよくしてもらったこと、どんどん下の人たちに優しさでつながっていけば人の縁で広がっていくと思うんですよね。そういった部分は皆さんできていると思うんですけれども、意識的にやっていただければ嬉しいなと。自分もそれでよくしてもらったんで。

なるほど。ちなみに今のこれらの言葉は表の顔ですか? 裏の顔ですか?

――これはね意外とちゃんと思ってますよ(笑) 思ってるけどそれ以上にちょっとしんどい(笑)

辛い面もありつついい面もちゃんと感じていると。

――でもちょっと無理しないと人間成長しないのかなとは、渋々ながら感じているんで(笑)

ちなみに今無理っていうのは自分の100%の力に対してどれくらいですか? 120%くらい負荷がかかっている感じですか?

――やっぱりその、時間の制約がどうしてもあったので、そのやっていない自分も考えちゃったなというのがありますね。仕事でも家庭でも。後悔するわけじゃないけれども、ただやってよかったなとは思うんで。ただ、もう大丈夫です(笑)

あとちょっとJCの話から仕事の話に入るんですけれども、皆さんに今詳細を聞いていまして、JCでのというと印刷デザインという面がありつつ、建設業の方が多い中で仕事的に助かっているというと、なにか繋がりがあるという話があるんですか?

――もともとうちの場合は部署が別の場所にあって、僕は建設業まったくわからなかったんですよ。で、やっぱりそういった自分が受けてきた工事に対して、建設業の仲間がいっぱいいたのですごく助けてもらいましたね。そういった面で建設業はJCやってなかったらたぶんここまで自分が関与することもなかったし、そういった部分ではJCのビジネスの部分では感謝していますね。よく弁護士もいれば医者もいれば、助けてくれる仲間がいっぱいできるという。本当に各種たくさんの仲間が出来て、仕事的には助かりましたね。お金的というよりは、能力的に横のつながりで助けてもらえる仲間が出来たんで、仕事は助かりました。

ちなみに建設業は何業種なんですか?

――一いちおう外構を特にやっていまして、エクステリア。家の庭造りとか。

かっこいい今風の庭から日本庭園まで。

――そうですね、大手メーカーの下請けなんです。外構部分になっているんでわりとモダンな感じが多いですね。

なるほど、ありがとうございます。もう一つの印刷デザインの方は皆さんご存知かと思いますが、印刷デザインって言ってもたぶん結構広くて、JCでも印刷とかデザインとかやっている人いるじゃないですか。その中でなにか違いとかって、うちはここが得意とかっていうその辺はありますか?

――もともと自分は出版社にいたので、そういった部分でのクオリティという部分は、7年くらい前では相模原で一番だと思っていました。デザインに対してクオリティも自信あったんですけれども、今の若い子たちはすごくデザインセンスがいいので、そういった部分では若い人に任せて(笑) 自分はだいぶ現場から離れてマネージメントの方になってきたので。昔のイメージがだいぶ自分の中でも、仕事の取り組み方が変わったな、とは思ってます。

なるほど。その5~7年前までは相模原で一番というところから、なんかやっぱりデザインセンスとか色んなものを含めて今、若い人で輝いている人がたくさんいるということですかね。

――そういう人は増えてきたし、そういうパソコンも普及してきた世代の違いもあるけれども、みんなすごいなって人が増えましたね。

昔の豊島先輩の語録から行くと、「夢を見させてやる」というのと「俺に任せとけ」っていうのと、「やらせねぇぞ」っていう、その辺のついてこい的なところから。バックアップに回ってっていう心境っていうんですかね。

――うーん、変わらないですね。我を出さないようにしているだけで、最後は自分で人を助けてあげる能力を持っておこうとか、何があっても責任持つからっていう気持ちの強さは変わらないですね。ちょっと人の好き嫌いが多いだけで(笑)

なるほど(笑) 人の好き嫌いが(笑) 

――ここはカットでお願いします(笑)

ばっちり全文フルコースで載せさせていただいて(笑) まあどうしようもないところは一度文字お越ししてみていただくので、ここはカットと言っていただければ(笑)

――よろしくお願いします(笑)

最後にJCの他のメンバーに、一言。さっき先に行っちゃった感がありますけれども、点野ひと頃お願いしてもいいですか?

――JCは明るく豊かな社会を作る目的に沿ってやっていると思うんですけれども、やっぱりどうしても自分は身近な仲間つくりからはじまって、その仲間と一丸になっていけるというのが青年会議所の強さだと思うんですよね。まちを変えるにしても、一人じゃできないことをみんなでやっていこうって。そのためにぜひ一丸となって、強い相模原青年会議所を見ていたいなと。卒業しても遠くから。

距離を取って(笑)

――そうですね、来年とかちょっと来なくていいんで(笑)

適切な距離を取って(笑)

――そうですね(笑)

最後ちょっと聞き忘れたのがあって、デザイン関係ってホームページもあれば看板関係もあればバッジ関係のデザインをやってもらったこともあって、何のデザインが本業っていうのはあったりするんですか?

――もともと雑誌とWEBが強かったですね。青年会議所で作らせていただいて動画のスキルが上がったり、そういった部分では色んな担いの中で自分の職業も成長させてもらったなと。そういった部分でも色々な機会をもらってありがたかったですね。

ホームページとかも何回か担当されてますものね。

――そうですね、ありがたいことに青年会議所のホームページも3,4回作らせてもらって。仕事とみんながタダで働いている中で、金銭絡む難しさの中でやってはいたんですけれども、恥じない仕事じゃないけどみんなこんなに動いてるんだから、それ以上のクオリティだったりとかは目指してやっていったつもりです。

50周年の時に僕もバッジとロゴマークの関係で、色々ありつつも最後素晴らしいものが出来たと。

――そうですね。それはね、その時の担当のためにと思って頑張りましたね。

ありがとうございます、本当に! とげがあるのかないのかそれとも愛情的なものなのか(笑)

――いやいやいや、あの時は岩田さんのために頑張ったよ(笑)

ありがとうございます!

――あとで話が違うと思っただけで(笑)

そこらへんはちょっと構造にもうちょっと(笑) いろいろ差し障りがあるので(笑)

――けど、みんな喜んでくれたし結果的にはよかったなって。責任持つのが怖かったというのが正直あって。50周年の時にあそこまでな、いいのかなっていうのはあったので。

豊島先輩とはなんかいろんなことが今まであって、謎の広島へ行ったり、自転車で一日走ったり走らなかったり色々思い返すとあれですが、もう卒業なんですね。

――思い返すと楽しい思い出がいっぱいあるし、そういった部分じゃ卒業しても仲間はいっぱいできたかなと。なんか酒飲みながらそういう話を楽しめるようになるのかなと。やっぱりやっててよかったなって……卒業モードだけど卒業インタビューだっけ?

そうですね(笑) 違います。会員紹介インタビューです(笑) 豊島先輩の偉業とそしてこのラストの瞬間をロム全体に知らしめようと思いまして(笑)

――ありがたいですね。本当に岩ちゃんとももう何年だ? 7年?

2011からだから8年。最初の頃は口もきいてもらえなかった岩田ですが(笑)

――人見知りだったんだよね、俺(笑) 今もだけど。

存じております(笑)

――シャイなもので(笑)

よろしくやらせていただきました。

――いや、けど楽しかったよ本当に。いい思い出いっぱいあるしね。

インタビューの中でもちょっとした前の写真とかも探して入れようと思うんですけれども、あとお仕事しているところの写真を一枚いただけると幸いでございます。

――了解しました。ちゃんと仕事しているんであると思います(笑)

そういう形で豊島大先生でございました。何か一言あれば。

――ちゃんと編集で8割変えといて(笑)

わかりました(笑)